2009年7月 6日 (月)

洗礼Ⅱ

昨年、クリスマス礼拝に初めて来会し、その後すぐにデヴォンシャーでの研修に赴いた青年と、その後も連絡を取り続ける中で、本人より洗礼を受けたい申し出がありました。6月に洗礼を受けた2人のご婦人と時期をほぼ同じくして、4月から洗礼準備勉強会を始めました。しかし、彼のいる小さな海辺の町は、ロンドンから300キロも離れたところで、ロンドンに出てくるだけでも大変ですが、3ヶ月の間に7回の学び会を行いました。泊りがけの学び会です。宿泊は以前のホームステイ先や、私のフラットで泊まりました。この私のフラットは、共同のキッチン・バスルーム・トイレ以外は、実質3畳ほどの私個人の寝るだけの部屋があるのみですので、簡単な寝袋で、屋内の階段の踊り場で寝てもらいました。比較的温かい時季でよかったです。

洗礼の前日、土曜にカフェで最後の勉強会をしました。それまでは、学びの時間の初めと終わりに、私がずっと祈っていましたが、この日、初めて最後に彼に祈ってもらいました。生まれて初めて人前でする祈りです。「私にではなく、目の前の見えない神様に向かって、お祈りしてください」、と言いました。彼は言葉を探るように祈られました。明日の洗礼式の前に、確かに聖霊がそのときも彼の心を促して、今まで経験したことのない、信仰者として再生した人としての祈りの言葉でした。ゆっくりとした、けれども、確かな祈りに、とても感動し、胸が一杯になりました。

Img_3121 Img_3124 その彼の洗礼式が、7月5日にありました。月の第一主日で聖餐式もありました。6月第二週に先に洗礼を受けた婦人と共に、初めての聖餐に与りました。礼拝後は、婦人がたが持ち寄ってくださったおにぎり・サンドイッチ・ケーキ・お菓子で、ささやかなお祝い会をしました。1家族と1人の女性の初来会者もありました。寄せ書きのお祝いのカードを贈りました。洗礼式も聖餐式もあったので、長い礼拝となりましたが、神の恵みにあふれた感動的な喜びの主の日でした。しかし、実は、この青年は一週間後に、10ヶ月の研修期間を無事終えて日本に完全に帰国してしまいます。海外での邦人伝道の宿命です。ゆっくり信仰を育む時間がないことが多いのです。福音の種まき、それだけでもう送り出さなければならないのは、まだよちよち歩きの子供を遠くに旅立たせるような思いがします。幸いこの青年は、小学校時代にずっと通っていた実家の近くの教会があり、そこに通うことになると思います。

私たちの日本語教会のために祈ってくださっている方々の祈りを主が聞き上げて、このような宣教の実りをご報告できることを神様に感謝すると共に、その皆様の尊い祈りに改めて心から感謝申し上げます。また、帰国される方々、日本や英国以外の世界にさらに足を延ばされ赴任(あるいは勉学)のため行かれる方々の、そのある地での信仰生活が守られますように、ご加祷くださいますようにお願いいたします。

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2009年6月23日 (火)

ゲスト説教者

まったく信仰の背景が異なる3人の牧師が来英される連絡を受け、いつも祈りをもってご支援していただいている先生たちで、ぜひ、私たちの日本語礼拝でも、説教していただこうと決めました。

トップ・バッターは、6月7日の北秀樹牧師でした。江東区木場にある堺福音教会東京チャペルの牧師であり、アルファ・ジャパン副代表として、隔年ごとにアルファ・カンファレンス(サウス・ケンジントンにあるホーリー・トリニティ・イン・ブロンプトン教会で開催されている)のために来英されています。最初のお会いしたのは、ロンドンJCFの礼拝にお見えになったときで、かれこれ4,5年前に遡ります。その後も、来英される度に、ジャパン・クリスチャン・リンクの方々を通してご連絡をいただき、お忙しいカンファレンスの合間に会食をして、交友を深めて来ました。話していると、堺福音教会(故・我喜屋牧師)のご出身で、同世代の北先生は、私が神戸改革派神学校にいたときに、近くにあった関西聖書神学校で学ばれていたことが分かりました。最終学年で卒論などで忙しくしていた私は当時参加しませんでしたが、神学校同士の野球交流試合や聖書的でないキリスト伝映画の上映反対運動なども、私の一つ下の学年の方々が、盛んに協力して行っていたことを思い出しました。北先生はその中心におられたということです。また、ご出身の大学が、私の伯父が勤めていた大学で、急に親しさが増しました。そんな関係もあって、昨春一時帰国した際には、木場の東京チャペルで礼拝説教の奉仕に与りました。今回初めて講壇にお招きしましたが、快くお受けくださり、創世記から分かり易いお話をしてくださいました。

二番目は、6月21日の坂井純人牧師です。北米改革長老教会日本中会東須磨教会の牧師で、現在その日本中会の議長であり、神戸神学館、神戸改革派神学校で教鞭も執っておられます。坂井先生に初めてお会いしたのは、神戸改革派神学校時代で、まだ大学生であられました。当時とても爽やかな青年で、同級生の金原先生(神戸鈴蘭台教会牧師)とともに、“坂井さんのような方こそ牧師になってもらいたい”といつも言っていました。その後、献身され、私たちの神学校を卒業され、豊かに用いられる牧師・神学者となられたのは、当然のように思います。万年青年で、柔和な物腰と、希望に輝く瞳は、今もお変わりありません。ルカ福音書からお話くださり、私も深い慰めを受けました。

三番目は、これからですが、7月19日の横田栄牧師(日本バプテスト教会連合南浦和バプテスト教会牧師)です。英国で神学教育を受けられた我らの“横ちゃん”先生です。横ちゃん先生については、また次回お伝えいたします。<つづく>

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2009年6月22日 (月)

洗礼 ~バプティズム~

4月から、洗礼の準備として、聖書の学びの会を行って来ました。3人の求道の方々と、一回1時間半~2時間をひとコマとして、全8回約2ヶ月半ほどかけて、個別にしました。毎回、ロンドン中心のカフェやティールーム、ご自宅、私のフラットなどが学びの場所でした。そのうち二人の婦人は、6月14日の礼拝の中で洗礼式を行いました。お二人とも、砂地が水を吸うように、聖書の神の真理を学ばれました。

洗礼式には、お友達や、ご家族、そしてダリッチ集会からもお祝いにかけつけてくださり30名ほどの礼拝出席者となりました。Img_2950

これからの彼女たちの信仰の歩みの上に主の祝福がありますようにお祈りいたします。

次回の洗礼は、7月5日、若い青年がその日を待って備えておられます。また、日本語礼拝がさらにこの大いなる使命を全うして前進して行くことが出来ますようにお祈りください。

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2009年2月 4日 (水)

1991年以来の大雪

 ロンドンの雪は、隔年ごとに積もると勝手に思い込んでいます。昨年は、雪が降ることがあっても積もるほどには至りませんでした、その前の年、2007年2月8日も大雪で、ロンドン市内中心はそうではなかったかも知れませんが、北ロンドンは、やはり10センチ以上の積雪でした。

Img_2293  2月1日(日)の夜は、いやに冷え込むなぁ、と思っていたら、朝には一面銀世界!うちのフラットのバスルームの窓から外を確認して、寝巻きのジャージのまま、外に出て、“我がフラットハウス”の勇士(?)を撮りました。 Img_2321

 左側の棟の二階の奥に私の部屋がありますが、外からは窺えません。

Img_2296 Img_2297  昼になってからも粉雪は、静かに降り続きました。そうだ、こんなときこそ、ハムステッドの森は、幻想の世界に違いない、そう思い立って、街路に出ると、いつもとは違う世界でした。レックス牧師のセント・オーバンズ教会を横に見ながら、ハムステッドに向かいました。

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 ゴールダース・ヒル・パークの中の鹿も、雪の中で見ると、まるでトナカイに見えるのも不思議です。ハムステッドの森のゲートを入って、すぐのところの池は部分的に凍っていてあとは、霙(みぞれ)状態でした。つがいのカモが、霙の中を泳ぐと、まるで氷をかき割ったかのように、泳いだ後に飛行機雲のような太い線が湖面に残るのです。そして、ロビンはやはり冬の鳥ですね。小さな流氷の上で、バランスよく立って、さも得意げに、私の顔を見るので、写真を撮ってあげました。フラッシュを焚いてしまったのに、逃げもしないで、一通り私を観察して飽きると、プイッと飛び立ってしまいました。くちばしの赤く羽根の黒い鳥も氷の上に立っていました。えさもないのに…足の裏は冷たくないんでしょうか。

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  幽玄の世界を思って森に来たのですが、いつもより大勢の子供と大人が。あれ、学校や会社は?この日、ほとんどの学校は休校。会社も閉まってはいないけれども、会社に行く交通手段がなくて行けなかった人たちが多かったようです。メディアの報道ニュースでは、この日だけで、何億ポンドの損失と言っていますが、庶民はけっこう楽しい一日を過ごしたのではないでしょうか。それにしても、英国の人たちはアンティークの家具やものを大切にするって聞いていましたが、古い古い鉄や木のそりを持ち出して来ている人たちがいて、みんなけっこうソリを家に持っているということも分かり、新たな発見でした。

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2009年2月 3日 (火)

マルシャンガー

Img_2290  ロンドンから西に、車でM3を1時間半ほど行ったベィシングストークという町の近くに、マルシャンガーという村があります。その村の中に、広い野原と森のある敷地内に、チャペル・当時の使用人たちの家々がある比較的こじんまりとしたお屋敷があります。それが、HTB(ホーリー・トリニティ・イン・ブロンプトン教会)の多目的施設です。Img_2266 Img_2267_2

 そこで、1月27日~29日、セント・バーナバス教会のスタッフ・リトリートがありました。「日本語部牧師のヒロシもぜひ来るように」、と半年前から決められていたリトリート計画でした。スタッフ16人の内、14人が白人の英国人で、1人が中国人の血が半分は言った会計担当の女性で、あとの1人は私です。私以外は全員、英語が第一言語です。Img_2274

  27日朝に教会のミニバスと、ヘンリーのワゴンに分乗して出発。車の中で、私は寝てしまって、目覚めたら羊がたくさんいる緑の大草原に!英国の芝生や動物の食料となる草は、冬でも青々としています。

Img_2268 Img_2269   スタッフの休息と、聖書の学びと適正診断テスト、今年の教会改装計画の話し合い、そして祈りが行われました。日本で行われるリトリートのイメージからは程遠くリラックスしたものでした。私と同室になったのは、副牧師のコリンです。私たちの部屋は、チャイニーズ・ルームという名前が付いていて、3方の壁一面に見事な花鳥画が描かれていました。

 食事は、2泊3日の中の6回の食事を自分たちで作るために、ヘンリー&ジェーン牧師夫妻が山ほどの食材を買ってきてくれて、それを3班に分かれた私たちで、交代に食事を作り、また後片付けをするという自炊当番制。お茶の用意もこの3班で順番に午前と午後に一回ずつ交代してします。2晩のディナーのおおまかなメニューは決まっていて、一晩目のメインは、チキンと冬野菜のクリームパスタ、二晩目は、ローストしたVenison(ヴェナスン)。ヴェナスンとは、若い鹿の肉のことです。ウサギやキジは食べたことがありましたが、鹿は初めてでした。食事当番が回ってくると、リトリート中の大きなリビングを抜け出して、2時間もかけて5人で力を合わせて食事を作るのです。もちろん、デザートも。しかし、これはジェーンが自宅で前もって作ってくれたものがありました。1晩目:Sticky Toffy Pudding(スティッキー・トフィー・プディング)=きわめて英国的な家庭料理のお菓子。これがまた旨いんです。英国料理がまずいなどと誰が言い出したのでしょうか。2晩目:果物を溶かしたチョコに浸して食べる“チョコレート・フォンデュ”。2時間ほどかけてゆっくり食事をします。この食事中は、教会の仕事の話・深刻な話題・打ち合わせなどは、ゼッタイにしません。本当に冗談を言い合って、会話と食事を楽しむことに集中するかのようです。

 一晩目は、ロンドンのセント・バーナバス教会のスタッフ事務室・書斎にまだデスクをもっていない3人の牧師のために、低予算で出来る範囲で、改築をする案が出されて、そのための話し合いがありました。実は、私もまだ自分専用のデスクをもっていなかったのですが、ヘンリーが自分の書斎を、私を含む3人の牧師に明け渡して、自分は教会裏庭に建っているプレハブに移るというのです。本当に足腰の軽い、心の謙遜な牧師です。二晩目の夜は、リビングの暖炉に火を入れて、皆その周りのソファに思い思いに座って、ゲームをしたり、ゲームと言っても静かにするのではなく、とにかく語る語る語り続ける、語ること・聞くことが主要な時間です。暖炉の火が落ちるまで、夜中まで語り続けて、私は英語を聞き・話す集中力が途中で切れてしまいます。けれども、これもスタッフの輪を強める貴重な時間だと知りました。私もゲームをして、また、身の上話をして、また祈ってもらい、祈り、お互いのことが今まで以上に、よくわかり、お互いが大切な友人になったと感じます。

Img_2288 Img_2291  朝は、朝食の前に、敷地内の広大な森を散歩しました。行けども行けども木々で、その間を縫って歩くとあちこちに、英国の春一番を告げるスノー・ドロップというスズランに似た花が群生していました。秋に落ちてまだ土化していない枯葉の下から、たくましくニョキニョキ出た緑鮮やかな茎と葉は、本当に創造の自然の不思議さと美しさを感じさせてくれます。

 2日目の午後は、あいにくの小雨模様でしたが、30キロほど南下したところにある古都ウィンチェスターに皆でミニバスで行きました。ここもただ観光というのではなく、2人一組になって、ヘンリー夫妻が前もって用意したカフェの写真を手がかりに、そこにたどり着く時間を設定して、あとはそれぞれの組で街をカフェを探しながら、歩き回るというゲームをしました。私の相棒は、子供の日曜学校担当のエリオットです。実は、私はウィンチェスターを訪れるのが、これで5回目となるので、小さな町はほとんど頭に入っていて、カフェがどこにあるかすぐ分かりました。エリオットは初めてのウィンチェスターで、日本人の私が英国人のエリオットに観光ガイドして歩くという珍道中となりました。

 ウィンチェスターは、円卓の騎士、アルフレッド王の地として有名で、代々の英国王は、この小さいけれども美しい古都で、戴冠式を行うのです。そのウィンチェスター大聖堂は、ことに有名です。しかし、私は小さな粉引き小屋の水車や、透明度の高い小川沿いの小路の方が好きです。

 3日目の午前、最後のセッションでは、昨年の回顧とこれからの抱負を、堅苦しくなく、それぞれが、自由に語りました。個人の思いに偏らないで、教会全体の歩みの中での苦しみや悩みも分かち合い、何人かは涙を流してお祈りしました。

 午後5時ごろ、教会に戻ってきて、皆と別れて帰路に着きました。

 リラックスしたという意味では、これまでのどんな旅よりもリラックスできたと思います。その証拠にまったく疲れは残りませんでした。かえって、翌朝は早く起きて、生きる希望とやる気に満ちていました。これが本当のリトリート、“世から退いて休息し英気を養うこと”ではないかな、と思わされます。なぜ疲れていないのか。皆といるときも、一人のときも、寝るときも、起きるときも、森でも、自由時間のウィンチェスターの町でも、いつも神を思い、聖書を読んで、祈りに集中していたからではないか、と思います。PCも開くこともなく、電話が鳴ることもなく、神の創造された自然に包まれていたからでもあると思います。

 祈るために主イエスは度々山に一人で登られました。あれはリトリートだったんですね。“一人リトリート”、いや、神様との“二人リトリート”。これから疲れたら、一日、全く一人になって、御言葉と祈りに集中してみてはいかがでしょうか。何よりの身体の休息と魂の癒しになることを保証します。

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