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2008年10月17日 (金)

滞英ビザ手続き途中

お祈りください、とこのブログで書いたのが、2日前の水曜日、詳しくは2008年10月15日(水)13:08(GMT)でした。

そのあと祈りつつ、日本の支援会事務局(妹ですが・・・)とスカイプで話をして、多少金額に無理をしてでも、今後ビザを更新することはないし、安全にビザ取得仲介事務所を通してもいいでしょう、ということになりました。それでも、尊い献金を少しでも有効に使わせていただくために、私は、「一晩祈って、明日、仲介事務所に行くか、郵便局から自分で内務省移民局に出すか、にします。いずれにしても明日行動します」、と言いました。

しかし、そのスカイプのマイク&イヤホンをはずして、もう一度祈りました。祈り終わると、私の手は携帯電話で、以前もらっていた仲介事務所の弁護士(ソリシター)に電話をしていました。その弁護士は日本人の女性です。電話でもビザ取得に関する質問は、£80かかるのですが、前に使わせてもらって今回も考えていると告げて、すがるようにして尋ねた一点のことは、住居の契約書を準備する必要があるかどうか、ということでした。

2年前にその方を通して、2年間の滞英ビザを取ったときには、住居の契約書とP-60と呼ばれる国民年金支払い証明書も出したことを思い出したからです。実は、これら2点に関しては、今回のビザ申請書類に添付することを要請されてはいないのです。おかしい、と感じながらも、2007年から大幅に変わりつつある移民法(英語のテスト導入もその一環)で条件も違っているのかも、と納得していました。けれども、ちょっと胸騒ぎがして、その前の日から貴重な書類を保管しているファイルを出してみたのですが、そこには、住居の契約書類だけが、抜けていました。なぜだか、自分でも思い出せず、しかし、これも必要だと書かれていないから、まぁいいか、とくらいに思っていました。

しかし、それがやはり必要とわかって、冷水を浴びせられたような気がして、体が震えました。もし、それを添付せずに郵送していたら、せっかく出したビザ申請書は突き返されたかもしれません。しかし、申請書ガイドラインには、申請料はいかなる場合・事態であっても返金することはない、としつこいくらいに何度も書いてあるのです。

私は、電話口で、その弁護士に、できれば今日(15日中に)、事務所に行って揃った文書だけでも見てもらいたい、と言いました。彼女は、最初、今日はダメです、と仰っていましたが、明日も明後日もダメで、彼女の予定では、来週になってしまうことが判ると、「今夕、17時にお越しくださればお会いできます」、と言われました。住居契約書は、それに代わる大家さんのレターか、不動産会社のレターがあればOKということもわかったので、弁護士との電話が済むとすぐにこの家を世話してもらった不動産会社のIさんに電話しました。忙しい方で、事務所におられるとは限らないのですが、すぐにつながり、事情を説明すると、快く翌朝までにレターを書いてくださることになりました。

ビザ取得の仲介弁護士事務所は、街の真ん中にあり、家から地下鉄で20分ほどのところです。早めに最寄り駅についたので、出入国の際にパスポート・コントロールで押されるパスポートのスタンプの日付から、英国を出ていた日数を計算しました。こんなことがなぜ必要かというと、今回の私のビザの受給の条件は、渡英から丸5年を経過していること、というのがあるからです。最初に宣教師のビザで英国に入ったのが、2003年4月5日でしたから、もう十分5年は超えています。しかし、ここに落とし穴があるのです。この5年の滞在日数は、この間に日本に一時帰国したり、ヨーロッパの各地の教会や修養会に英国を離れている期間は、当然含まれません。つまり、英国を出ていた日々の計算を差し引いて、丸5年間この地に足をつけていなければならない、という規定です。それを計算すると、5年と一週間でした。これにも身震いしました。もし、日数が足らなかったら、このビザの申請は無効です。違うビザの申請をして、さらに1、2年、無期限の滞英ビザ申請のときを待たなければなりません。わずか7日間でも、5年以上です。しかし、このタイミングは何だろうと、神の御手を思わざるを得ません。

これまで、高い為替レートで途方もない申請料金+弁護士料金を支払わなければならなくなるので、自分で内務省移民局に郵送する手段を選ぼうとしていたのです。しかも、移民法が大きく厳しい方向へ変わる節目にあって、自分でするにしても、初めてのことで、書式に従って申請すればよいだけなのか、旧法と新法の間(はざま)で、何がより良い申請の仕方かわからず、本当に祈っていたときだったのです。しかし、10月に入って、この全世界的経済危機で、この数年なかったほどの円高が続いています。

弁護士との話はほんの十数分でした。実は、彼女は翌日から来週までの4日間、休暇をとっておられたのです。決断をその晩にして、翌日事務所に来て、と計画していたことは、彼女のいない明日では、まったく計画倒れになっていたのです。さらに4,5日後の手続きとなっていたとしたら、すべてが後手後手でタイミングがずれていたら、内務省に申請書類が着くのが、10月最終週あるいは11月第一週になっていたかも知れません。

弁護士事務所にいる間に、不動産会社のIさんから携帯に電話が入りました。「仰られていた書類は、もうできましたよ。今晩6時までなら私も事務所におりますので、取りに来られますか」、という内容でした。ちょっと街の中心から、その会社までは6時では無理がありましたから、翌朝一番(9時)で伺います、と返事をしました。Iさんはとても忙しい人なのに、私のレターを最優先で作成してくださったのです。お仕事とは言え、本当にありがたいことです。

弁護士事務所を出てから、軽い夕食をテイク・アウトして、ラッシュ・アワーの地下鉄ノーザン線に飛び乗りました。日が落ちるのがすっかり早くなりました。ノーザン線の終点から三つ目の駅がウッドサイド・パーク駅なのですが、けっこうたくさんの人が降りました。降りた人たちは、その駅を足早に去るのですが、私は駅の西側の無人の待合室で、テイク・アウトした韓国海苔巻きを頬張りました。教会は、すぐそこ、歩いて1分です。

祈祷会は、St Bs教会で始まって、第2回目です。この夜来てくださったのは、お一人の姉妹だけでした。しかし、暖かい部屋で、熱いミルクティーを飲みながら、2人で祈祷会をしました。たった2人だけ、ではないことを深く覚えました。多くの方々の祈りが、そのとき私たちを取り巻き、その中心には神様がおられました。盛大な天の国の祈祷会です。ビザの申請を弁護士事務所に頼んできたこともお話し、ビザ取得のことのためにも祈っていただきました。スタッフ用の私の棚に、主任牧師ヘンリー先生からのビザのためのレターが入っていました。牧師秘書のマーガレットが用意してくれたものです。

神様は本当に私を導いて下さって、周りの多くの人たちを祝福してくださっている、と思います。日本でいつも変わらず祈り続けてくださる支援会と支援者の皆さん、St Bsの英語と日本語の教会の皆さん、ヨーロッパの日本語キリスト者の群れの皆さん、ヘンリー先生、マーガレット、弁護士の方、不動産会社のIさん…etc.

翌朝(16日)朝9時、不動産会社を訪ねると、Iさんがにこにこして迎えてくださいました。私は近くで買ったクッキーをお礼に渡しました。恐縮しながらも受け取ってくださいました。

まだ、ビザが取れたわけではありません。申請から4週間で、申請許可された者の70%に新しいビザとパスポートが返送され、14週間後には90%の者に返送される予定だそうです。

どうぞ、続けてお祈りください。けれども、もう、これで私には十分の恵みです、結果がどうであれ。小さなまた大きな奇跡の連なりを経験する中で、私は癒され励まされ、神の新たな召命の声を聞きました。感謝しかありません。主の御名を賛美します。晴れやかな気持ちで主の御降誕をお祝いするクリスマスの時季を迎えます。

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