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2010年1月 1日 (金)

主の2010年

贖い主キリストがこの世に来られて、定められた時が、2010年目を迎えましたことを、お慶び申し上げます。

日本では正月三日間を大きくお祝いしますから、日本のキリスト教会も一月一日に礼拝を行う教会が多いと思います。正月に“神・仏”に参って新しい年を始める習慣があるので、キリスト教会もその風習に倣ったのでしょうか。普段は神仏と無縁の生活であっても,、一年に一度、慣習化した文化の一部として無意識に(あるいは意識的な宗教行為として)、国民の多くが神社仏閣に参るときです。その同じときに、キリスト者である私たちは、真の神、主イエス・キリストの父なる神を拝そうとするのは、間違ってはいません。

しかし、この欧州では、新年一月一日に教会で礼拝する習慣はありません。英国では、一月一日はニュー・イヤーズ・ディとして国民休日ですが、いわゆる“元旦”思想(?)はなさそうです。クリスマス・ディの12月25日は、クリスマス礼拝があります。その日、英国中のすべての公共交通機関がストップしますが、車で、あるいは徒歩で、教会にクリスマス礼拝を受けに行きます。一方、1月1日は休日ダイヤで運行していますが、教会で礼拝をするところはほとんどないでしょう。

プロテスタント信仰においては、いわゆる聖画や、人の解釈によってキリスト教のシンボルだと決められた諸々のものを、崇め拝する対象にはしないことは知られています。また、同様に“日”についても、‘今日は何々聖人の日’とか、教会暦が細かく決められていません。

ガラテヤの信徒への手紙 4:8,9 「あなたがたはかつて、神を知らずに、もともと神でない神々に奴隷として仕えていました。しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。あなたがたは、いろいろな日、月、時節、年などを守っています」、

とパウロはガラテヤ教会の人たちに言っています。また、パウロは言います。:

コロサイの信徒への手紙 2:8 「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません」。

しかしながら、次のようにも言います。:

ローマの信徒への手紙 14:5 「ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます。それは各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきです。特定の日を重んじる人は主のために重んじる。食べる人は主のために食べる。感謝しているからです。また、食べない人も、主のために食べなさい。そして、神に感謝しているのです」。

ですから、主イエス・キリストの誕生を12月25日にお祝いする西方教会も、1月6日にお祝いする東方教会も、その信仰の本質は、神が御子イエス・キリストを、私たちの救いのために、この世に送ってくださったと感謝する点ですから、主は両方とも喜んでくださるのではないでしょうか。

また、同様に、神によって創られた時間、そのシステムの大きな区切りである一月一日に、主とその創造と摂理の御業に感謝する礼拝を、主は喜んでお受けくださると信じます。

ちなみに、セント・バーナバス教会と、セント・バーナバス教会日本語礼拝の新年の第一回目の礼拝は、今年は1月3日です。いつもは、ハロー、という挨拶も、この日は、人に会えば、ハッピー・ニュー・イヤーです。

その意味で、HAPPY NEW YEAR!

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